【山都ラボインタビュー】自分のルーツが強さになる。巫女舞でつなぐ郷土愛と地域の未来:井上千代美さん
山都町の人材育成事業『チャレンジ・応援!山都ラボ』では、山都町をフィールドに自分でプロジェクトを立ち上げて楽しみながら活動する町内外の方を『プロジェクトオーナー』としてサポートしています。
今回の記事では、令和4年度からプロジェクトオーナーとして参加し、令和5年度も継続してプロジェクトに取り組んでいる井上千代美さんを取材しました。
プロフィール
◯名前 井上千代美(いのうえ ちよみ)
◯出身地 山都町(旧矢部町)
◯居住地 山都町
◯プロジェクト 未来へつなげ!巫女舞神楽継承プロジェクト
井上千代美さんは、山都町内の旧矢部町・御岳地区出身。矢部高校を卒業後は、就職先の福岡を拠点に生活をしてきましたが、体調を崩したこともあり2019年に故郷へUターンしました。ちょうどコロナ禍へ突入し、世の中も混沌としていた当時のことをこう振り返ります。
井上さん
福岡にいた頃はマンションだったから、近所の人たちとの横の繋がりはありませんでした。帰ってきて、親戚や近所のおばちゃんにも「千代美ちゃん」と声をかけてもらって、よく連れ出してもらって。人の温かさをものすごく感じたんです。
地元の顔見知りの人たちからの親身なサポートを受けながら、故郷での暮らしを送る中で徐々に心身が癒されていったという井上さん。それと同時に、自分の知る故郷の変化を目の当たりにして衝撃を受けたそうです。
井上さん
御岳地区の12集落で男成神社の「祇園大祭」を当番制で担当していくんですが、Uターンした年はちょうど私の集落が担当でした。大祭の日、拝殿の中にテレビが置かれてて。そのテレビの大画面の中で、過去の少女神楽の映像が再生されていたんです。実際には少女神楽が舞われてなくて、それにものすごくショックを受けて。「これはどのくらい続いてるんですか?」と聞いたら、もう3年くらいこの形式でやっていると。
御岳地区にある男成神社の祇園大祭で伝統となっていた少女神楽の奉納。その年の年番区(祇園大祭の開催の担当集落)に住む小学校高学年の女子が最低4人構成で神楽の舞を奉納する習わしでしたが、その伝統がここ数年で途絶えてしまっていました。
原因は、御岳地区の少子化が進み、御岳小学校が廃校になったことに加えて、コロナ禍で地域のまつりごとの開催が滞ってしまったことでした。
舞はその年神楽を舞った子どもから、次の年舞う子どもへ伝統を繋ぐという方式でしたが、一度途絶えてしまったことで覚えている人がいなくなり、教えられる人がいない状況。
「今何かやらないと、このままだと途絶えたままになってしまう」
ただならぬ危機感を覚えた井上さん。そんな矢先、「山都ラボ」を担当する山都町役場の品田さんからプロジェクトオーナー応募の話を持ちかけられ、満を持して動き出しました。
7人の精鋭が集結! 4年ぶりの少女神楽の復活
御岳地区の伝統である『少女神楽』を4年ぶりに復活させるため、山都ラボに『未来へつなげ!巫女舞神楽継承プロジェクト』を提出し、採択されたのが令和4年11月のことでした。
井上さん
神楽をただ保存するんじゃなくて、ちゃんと繋げられる、未来に繋いでいけるようにということで、プロジェクトの名前を『保存会』ではなくて『未来へつなげ!巫女舞神楽継承プロジェクト』としたんです。子どもたちが舞台に立つ経験をさせてあげられるよう、いつでも学べる環境づくりをしたいという思いでした。
令和5年1月から2ヶ月、毎週往復4時間かけて熊本の巫女舞の先生へ習いに通って、自分がマスターして、教えられる土台づくりをしました。
井上さんの「少女神楽を復活させたい!」という一心で始めたプロジェクト。しかし、動き出したこの時点で、舞う子どもたちはいない状況でした。令和5年4月に開催される祇園大祭の年番区・小笹集落の状況を聞くと、やはり子どもがいなくて少女神楽はできないという判断が下っていました。
井上さん
そこで範囲を年番区の1つの集落に限らず、御岳地区全体の中から舞いたい子を集めようと声をかけてもらったら、7人の女の子が集まったんです。
少女神楽が途絶えて3年。子どもが少なくなり「もう途絶えても仕方ない」という諦めが色濃くなっていた中でも、御岳地区全体から7人の女の子が志願してくれた。それを受け、「自分たちが復活させたことを誇りにしよう」と、小笹集落の住民の皆さんも一緒に立ち上がってくれたのです。
そうして、集落の方や子どもたちの親御さんの協力体制のもと、春の祇園大祭まで急ピッチで練習を進め、御岳地区の少女神楽は4年ぶりの復活を果たしました。その様子はテレビや新聞にも取り上げられるなど、見事に大きな成果を残したといえます。
子ども時代にこそ、神楽で“原点”を感じる体験を
令和5年度もプロジェクトを進める井上さん。昨年に引き続き自身が指導者となりながら、巫女舞を学べる教室を継続しています。現在は、去年から継続の中学1年生3名と、高校生サポーターとして新たに加わってくれた高校1年生1名の合計4名で活動中です。
北所さん
小学校の時に、清和文楽を授業でやりました。中学3年では地域の踊りも授業で触れて、他のものもやってみたいなと思っていました。山都町の広報で少女神楽のことを見て、元からやりたいなって思っていたので。
そう語るのは、矢部高校1年の北所さん。出身の山都町・清和地区に伝わる伝統芸能の清和文楽を小・中学校の総合的な学習の時間などで体験する中で、その魅力を感じていたそう。こうして自分から興味を持って仲間入りしてくれることは、プロジェクトを続ける上でとても大きな意義を感じます。
この日は、「山都町SDGsシンポジウム」への出演を翌日に控えた最後の練習日。子どもたちは井上さんに衣装の着付けを習い、皆でリハーサルへと出発しました。
春の祇園大祭以降、こうして巫女舞を披露する機会が増えている井上さんと少女神楽のメンバーたち。井上さんが子どもたちと共に活動を続ける背景には、自身が少女時代に神楽を舞った経験がとても大きな影響を及ぼしているといいます。
井上さん
私が少女神楽を舞ったのは小学5年生頃だったと思います。神様に感謝するとか、農業の地域なので五穀豊穣であったり、そういう事を祈って舞うことはすごく神聖な気がしていました。やっぱり衣装を着ると“晴れ舞台”という感じがして、自信もついたかな。
たった一度きりの少女時代の経験が、自分のアイデンティティーになっている感覚。それは大人になった今なお井上さんの中に息づいています。
井上さん
子どもたちに、そういった経験をさせてあげたいという思いが一番です。
少子化の問題って、郷土愛が芽生えてないからだと思うんです。先祖代々受け継がれてきたものを体験する中で「自分たちは先祖があって生まれてきている」というルーツ、原点に立ち戻るという意味でも、核となる部分が自分の中にあるとすごく強くなれると思う。
自分たちは生かされてて、守られてるんだっていうのがわかれば挫けないし、孤独じゃない。離れた場所にいたとしても、帰ってくる場所があるっていう気持ちの支えになるんじゃないかなと思います。私がそうだったから。
自分と祖先、地域や土地との繋がり。それを、心と体をもって実感すること。そんな体験が子ども時代にあるということは、私たちが自覚する以上に重要なことかもしれません。
井上さん
今年は新たに、男性の「肥後神楽」も発足させたいと思って動いています。女性だけでなく、男性も仲間を増やしたい。目指すところは、男女の神楽を学校に取り入れてもらうことです。
将来的には、地元の矢部小学校・矢部中学校でも伝統文化継承に取り組めるような流れができるよう尽力していきたいと話す井上さん。それは、子ども時代の郷土への愛着が、アイデンティティーとなって自身を守る強さになり、巡りめぐって地元を守る人々の繋がりに循環するという確信があるからです。
伝統を継承し続けることが、地域への愛着を受け継ぎ、未来の活気に繋がる。そういった意識の仲間を増やし、御岳地区から山都町全体へエネルギーを波及させるかのように、井上さんの活動は続きます。
◇Instagram:井上千代美/el.chiyo
https://instagram.com/el.chiyo?igshid=bGMxcnF0eDN3eGk%3D&utm_source=qr
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企画制作:合同会社ミミスマス
インタビュー/文/写真:中川薫