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【山都ラボインタビュー】山都の人にこそ伝えたい、今ここにある豊かさ:竹下玲さん
山都町の人材育成事業『チャレンジ・応援!山都ラボ』では、山都町をフィールドに自分でプロジェクトを立ち上げて楽しみながら活動する町内外の方を『プロジェクトオーナー』としてサポートしています。
今回の記事では、令和5年度にプロジェクトオーナーとして参加し、その後も山都町で活動を続けている竹下玲さんを取材しました。
プロフィール
名前:竹下 玲(たけした あき)
出身地:山都町
居住地:山都町
プロジェクト:
山都町発「よか人・よかとこ・よかモン発信!」九州のへそラジオプロジェクト
時代の流れとともに情報発信の分野では様々な変化が訪れ、今や私たちは単に情報を得るだけでなく、インターネットやSNSを介して誰もが発信する側になれる時代がやってきています。
山都町で、インターネットを使った音声メディア『ポッドキャスト』を利用して地元の魅力を発信していく取り組みを始めた人がいます。竹下玲さんは、山都町(旧矢部町)出身。佐賀で教員として働いた後、地元へUターンして結婚、出産しました。
竹下さん
「我が子のことを最優先にしたいという思いがあって、両親のやっている農業の手伝いをしています。農繁期の4〜11月まではトマトの手伝いをして、冬場は保育園の先生が足りないということで勤めたり。我が子のことをやりながらできるスタイルの仕事をしてきました」
地元山都町でご家族との時間を大切にしながら、仕事と家庭を両立させて3人のお子さんを育てています。
住民も知らない"すごい人”に光を
竹下さんが山都ラボに参加したきっかけは、前年度から『巫女舞神楽継承プロジェクト』でプロジェクトオーナーとして山都ラボに参加していた井上千代美さんをはじめ、地元の同級生からの誘いがあったからでした。
▼井上千代美さんの令和4年度『巫女舞神楽継承プロジェクト』はこちら
竹下さん
「ポッドキャストは、千代美と郷土史好きの友達がやりたい企画でした。それで表向きの代表として私が立つことになって。元々私はそんなに山都愛もないし、地元のために何かやりたいっていうこともなかったので、最初はアバターみたいな存在で始めました」
そう笑って話す竹下さん。山都ラボの参加者には「山都町が大好き!」という熱い思いを持った方が多い中で、正直なところ少々居心地の悪さを感じながらのスタートだったといいます。
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竹下さん
「山都町郷土史伝承会にいらっしゃる司法書士の田上彰先生が出版された『山都町郷土史 よもやま咄』という本をポッドキャストで配信したいという友人の思いが始めにありました。山都町の歴史がすごく素敵で、清和文楽とかも好きで、そういうことを町外の人へ向けて発信したいと」
山都の郷土史に詳しい田上先生の協力の元、同級生3人で月に一度集まって、原稿作成、インタビュー、編集などを分担しながら制作を進め、これまでに6回のエピソードを配信してきました。
【第1回】熊本県山都町三大祭(火伏地蔵祭、八朔祭、清和文楽の里まつり)について
【第2回】熊本県山都町の国宝に指定されている通潤橋について
【第3回】国宝通潤橋を架けた布田保之助さんについて
【第4回】布田収録番外編/通潤橋案内ボランティアの醍醐味について
【第5回】通潤橋・白糸台地で暮らす人の想い
【第6回】通潤橋・白糸台地で通潤用水を守る人の想い
はじめは友人の熱意に先導されるように関わりを持った竹下さん。しかし、ポッドキャスト番組の制作を進めていく中で、自身の中に感じ方の変化があったと話します。
竹下さん
「郷土史伝承会の人たちのされていることを見て、すごい人がいっぱい山都にいるんだなということが、Uターンして10年以上経ってても知らなかったことで。自分たちが何かを突き詰めていくことで、周りの人たちの役に立っていく。文化的なことが継承されていく素晴らしさを、去年1年ポッドキャストをやって分かって。キラキラと陽は当たらないけど、そういうことをされている方が地域にいるんだということを、自分たちの世代がしっかり支えていかないと無くなっちゃうよなというのはすごく感じました」
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「今やっていること」が一番の豊かさ
竹下さん
「どうしても田舎で生活してると、都会で暮らしてる方がよくて、田舎で暮らしてる方が質が悪いみたいな漠然とした価値観がある。私たちも子どもの頃そうだったけど、都会に憧れる、田舎は下だ、みたいな。そうじゃなくて、山都に住んでてもこんなに豊かな暮らしができるんだって。月給がいくらとかお金とか目に見える価値じゃなくて、山都に住んでるからこそ美味しい野菜が食べられたり、美味しい水が飲めたり、川遊びができたり。昔から集落で地元の祭りで集まったり、収穫したものを一緒に食べたり。それって都会にはない良さで、知らない間にコミュニティができてて助け合いができる。本当はとても大事なことで、それこそ一番豊かじゃないかと思います。それを私は町の人に伝えていきたい」
「実は当たり前じゃないよね」という豊かさに、私たちは日頃どれだけ気付けているでしょうか。それは普段の暮らしの中で手の届く範囲に、いくつも存在しているのかもしれません。
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竹下さん
「『なーん、山都はつまらんもん』『山都におったって』とか言うんじゃなくて、謙遜じゃなく『この町っていいよね』って町の人たちが自分たちで認められるような、そういう意識が広がったらいいなって。自分たちの生活って豊かなんだよっていうのを自分たちがもっと感じられたら、もっと自分のやってることに価値観を見出せて幸せになれる。そうすると、外から人を呼ばなくても勝手に寄ってくると思うし、子どもたちもそういう豊かなところに住み続けたいなと思うだろうし、何より住んでる人たちが楽しいだろうし。去年ポッドキャストをしながらいろんな人と出会う中で、それぞれが今やっていることを十分大事にしていけばいいんじゃないかなって漠然と思ってるんですよね」
山都町を外へ向けて発信したいという思いでスタートしたこのポッドキャスト。しかし、山都町の真の魅力を伝えたいのは、他ならぬ山都に住む町の人たちでした。
そんな思いも重なって、竹下さんは今『やまとあそびラボ』という地域の学童保育を立ち上げて活動を始めました。放課後や土曜日などで、あそびの時間を通して山都町を走りまわり、野遊びで自然を感じ、人と関わりあう原体験をしてほしいというのが核の思いです。
竹下さん
「年を取ってきたからもあると思いますが、今は朝から畑に向かう時に山々の緑の中を通っていくだけでも気持ちいいなと思うようになりました。好きとか嫌いとかじゃなくて、毎日緑の中にいるっていうのが意外といいんだな、気持ちがいいなって。私の子どもたちも幼少期から山都町で過ごせていることで、そういうのを体の中にいっぱい染み込ませて大きくなっていってくれると、どこで生活してもベースはここにあるのかなと思っています」
「大好き」と声高に言うことだけが、思いの深さではありません。
それぞれの感覚で感じ取り、実感を持つ瞬間を積み重ねることこそが、じんわりと胸に湧き上がる確かな思いに成長するのだと思います。
竹下さんが時間をかけてその胸に宿した温かな思いが波紋となって、山都の町の誰かにも届くことを願っています。
◇ポッドキャスト
熊本県山都町発「よか人・よかとこ・よかモン発信!」九州のへそラジオ
◇山都ラボ ラボサポーター申し込みフォーム
企画制作:合同会社ミミスマス
インタビュー/文/写真:中川薫